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峠三吉 原爆展物語

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f:id:usita2275826:20160703070036j:plain広島商校在学時の峠)

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1.峠三吉は、広島商業学校(広島県広島商業高校)在学時から詩作にいそしんだが、卒業後は長期の療養生活を余儀なくされた。

さらに1945年(昭和20年)8月6日、爆心地より3kmの広島市翠町(現在の南区翠)で被爆。

敗戦後は広島を拠点とする地域文化運動で中心的な役割を果たし、広島青年文化連盟委員長に就任した。広島県庁での勤務や雑誌『ひろしま』編集のかたわら、1951年(昭和26年)には「にんげんをかえせ」で始まる『原爆詩集』を自費出版、原爆被害を告発しその体験を広めた。この自費出版版の表紙と挿画は四國五郎が描いた。

2.『原爆詩集』

朝鮮戦争が始まり、占領軍による原爆反対運動への弾圧が激しさを増す中、トルーマン大統領の“朝鮮戦争に原爆使用もありうる”という声明に触発され、『原爆詩集』をまとめる決意をしました。
この作品は、1951(昭和26)年ベルリンの全世界青年学生平和祭に、日本の代表作品の一つとして送られ、世界的な反響を与えました。
 碑文はこの詩集の序として書かれたものです。

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